2026年4月30日木曜日

『蝦夷異事三』P48・P49の翻刻・現代語訳練習

 2026年4月30日 

 翻刻・読みの練習です。誤りがあればコメントでご指摘いただければ幸いです。

P48・P49

P48 7班担当

同廿八日

(どうにじゅうはちにち)

                        御先手

                        (おさきて)

                         朝比奈弥太郎組同心

                            (あさひなやたろうぐみどうしん)

                                        中村伊太夫

                            (なかむらいだゆう)

調役下役

(ちょうさやくしたやくえ)

                            荒尾但馬守明キ組同心

                            (あらおたじまのかみあきぐみどうしん)

                                        大嶋勝兵衛

                      (おおしまかつべえ)

勤之内置之通御足扶持外御役扶持三人扶持ツヽ

つとめのうち、これをおくとおり、おたしぶち、ほかおやくぶち、さんにぶちづつ)

 *足扶持(たしぶち)「小禄の武士が高い役高の役職についたとき、在職中に限りその差額を支給すること」

*役扶持(やくぶち)「幕府で、ある役職についた者に支給された扶持米。一日に玄米五合、前月中によく月分が支給された。役替、罷免があると超過分は返納された。」(『近世古文書用語辞典』より)

P49 1班担当

   辰 正月五日仙台家より御届

      (たつしょうがつ、せんだいけよりおとどけ)

一 蝦夷地続江土呂府島異国船渡来之節防キ固勤番

(ひとつ えぞちつづきえとろふじ、まいこくせんとらいのせつ、ぶせぎかため、きんばん)

 役仕候家来正月十五日出立

(やくつかまつりそうろうけらい、しょうがつじゅうごにち、しゅったつ)

       イ第

      (イだい)

        右一手一備

   (みぎひとてひとそなえ)

大番頭       日野英馬

(おおばんがしら)          (ひのえいま)

*日野英馬の読み「国立国会図書館リサーチ「文化中エトロフ御備頭日野英馬等より手簡」の読みを参考にした」

        但侍百騎高弐百石ゟ弐千石迄弐百石高より

(ただし、さむらいひゃっきたかにひゃくこくより、にせんごくまで、にひゃくこくだかより

        供人数上下弐拾人宛

   (そなえにんずう、じょうげにじゅうにんずつ)

但頭役    壱人

(ただし かしらやく ひとり)

組ヵ

(くみカ)

    大目付  弐人

               (おおめつけ)  (ふたり)



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2026年4月29日水曜日

松前藩家臣団一覧のサイト

 サイトのトップページをそのままコピーさせていただいています。

松前藩家臣団一覧のサイト

 この家臣団一覧表は以下の資料をもとに松前藩士を苗字別にまとめ、あいうえお順に並べ替え、作成したものです。ただし一部武士ではなく町人ではないかと思われるものもふくまれていますので、もしお気付きの点がありましたらお知らせ下さい。

【参考資料】
(1)寛政十年家中及扶持人列席調(寛政10年<1798>)
 ~家臣団の列席状況を記したものとしては最古のもので、これによると家中は諸士229名、足軽96名、それに地侍役付者24名を加え家臣の総数は349名である。
 なお御内証御礼とは家格によって藩主に直接面談を許される同族・一門で、御内礼列とは家老以下役職によって直接藩主に謁見することを許されているものである。
(2)於松前家中申渡ス(文化4年<1807>)
 ~幕府の移封命令により奥州梁川に移ることになった松前家は、文化5年(1808)家臣約350名のうち士分66名、医師4名、部屋住16名、足軽分70名、計156名に永の暇を与えましたが、これはその際の記録です。
(3)文化四年松前藩家臣名簿(「近藤家文書」)
 ~これは近藤家文書『文化四年丁卯八年、惣扶持并家数調扣帳、御用之間江御目付中差出候扣』をもとに、席・職別に家臣名を記したものです。
(4)御扶持家列席帳・御役人諸向勤姓名帳(嘉永2年<1849>)
 ~これは松前藩家中の扶持状況を記した数少ない史料の一つで、「御扶持家列席帳」には631名の士席登載者があり、新規採用者の名も多い。「御役人諸向勤姓名帳」は士分の者の役付表です。

※ (1)、(2)、(4)は『松前町史 資料編 第一巻』に、(3)は『松前町史 通説編 第一巻下』に所載のものです。


2026年4月27日月曜日

【ブラウザだけで日本語活字・くずし字・漢籍OCR】NDL(Kotenseki)OCR-lite Web AI Ultra Bluepond の紹介

2026年4月27日

Ultra Bluepond

NDL(Kotenseki)OCR-lite Web AI

 現代の活字から古典籍のくずし字、清代以前の漢籍まで — 国立国会図書館OCRエンジンによるブラウザ完結型自動書き起こし 

https://ndlocr-lite-web-ai-deluxe.vercel.app/

を使って見ました。

1.非常に便利な所は、複数枚の古文書があるPDFファイルも扱い事ができます。



 この機能は、国立国会図書館のデジタルコレクションを、PDFファイルでダウンロードしたものをそのまま翻刻できます。以前は、一々画面上で画像として切り出していた作業が必要なくなりました。

 また、フォルダーをして、フォルダー内の全画像ファイルを連続して翻刻できます。

 100枚以上のファイル数でも問題なく翻刻します。

2.また、複数枚の翻刻結果をまとめて、Wordファルに書き出せます。


 以前は、1枚、1枚、コピー&ペーストして纏めていたのですが、その手間がなくなりました。

 但し、翻刻の解釈時間に1枚10秒~30秒程度かかり、ちょっと時間がかかるようになりました。

 文字の配置がバラバラな古文書は後で、手直しに結構手間がかかります。認識度も、元資料によりますが、8割、9割程度かなと思います。自分で一文字ずつ手打ちするよりは、下原稿として十分使えます。最終的には人による手直しは必須です。

 講演会の時の質問にありましたが、

 「例会で古文書の解読の根拠に”AIの結果”だから」というのは現在のレベルでは全くありえません。

 現在はこのAIには、「みんなで翻刻」など人が翻刻した結果をAIに教えている段階です。

まだまだ、人間が主体です。


3.現代の活字の本も翻刻できます。翻刻はかなり正確です。印象ですが99%以上という感じがします。

 縦横の文章も認識します。文章が段落になっていても、大丈夫なようです。

 非常に便利だと思います。

[『蝦夷異事』の書写者は「村上茂用」か「村上義用」か

 2026年4月27日

 書写された古文書の書写者、書写年などはほとんどの古文書で記載されていません。

貴重なことに『蝦夷異事1~4』では、2・3・4の奥付に筆者年と筆写者が記されています。

1.この筆写者は字の崩しが似ているので「村上用」か「村上用」かどちらだろうかという問題があります。

(1)『蝦夷異事 二』


(2)『蝦夷異事 三』

   *名前の後の文字は「写之:これを写す」とは読めないでしょうか?

(3)『蝦夷異事 四』


(4)他の資料で「定姫様御親戚」https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200023476/28?ln=jaの末尾に同じ筆写者と思われる奥付があります。

 この資料の奥書の翻刻では、「文政九□年二月十六日/村上茂用」となっています。



2.『蝦夷異事1~4』は全てこの筆者の筆写のと思われるので、「茂」と「義」の字が出てくる筆字をいくつか抜き出してみました。

(1)「茂」

(2)「義」


両者は非常に似ていますが、「義」より「茂」に近いような気がします。


筆写者は「村上用」という結論でどうでしょうか?


3.参考までに児玉幸太編『くずし字用例辞典 普及版』(東京堂出版)での崩し字を載せておきます。

(1)「茂」


(2)「義」

2026年4月20日月曜日

「木末」は「こぬれ」か「こずえ」か?

 2026年4月19日

昨日の北海道古文書解読サークルでの、菊池勝祀さんの

「注釈作成の現場から」のお話で、膨大な資料を集め、徹底的に調べ、それでも疑問を持ち続ける姿に、注釈を作る人としての矜持を感じました。

 ご本人は「重箱の隅」とおっしゃっていましたが、凄さと、謙虚さと、学識の深さと、奥の深さを感じさせられました。


さて、「木末」の読み、「こぬれ」か「こずえ」かについて、さて、道立図書館の辞書を使って調べた菊池さんの作られた一覧表です。

これを見たら私は、「こぬれ」と読むのがいいのではないかと単純に感じました。

でも菊池さんはいつ頃変わったのかは分からないということで慎重でした。

我々が今使っているテキストは19世紀初めで、「木末」が出てくるのは、巻三の「中里三次文通」中の一か所だけです。『蝦夷異事』に「梢」の使用例はないようです。


日本語の時代別変化を見ることができる資料として、

「中納言」というサイトがあります。ここで調べてみました。


全ての種類のコーパスで「木末」が出てくるのは

現代日本語書き言葉均衡コーパス BCCWJは 5件(104,911,460件中

 読みは「こぬれ」ばかりで、それも古文に関係している文章のみ。

日本語歴史コーパス CHJは 49件(19,011,165件中

万葉集で17件よみは皆「こぬれ」」

11世紀後拾遺和歌集2例 読みは「こずえ」

12世紀『今昔物語』5例 読みは「こずゑ」

13世紀『新古今和歌集』2例 読みは「こずえ」

18世紀(近松門左衛門)1件 読みは「こずゑ」

19世紀(雑誌等)22件 読みは「こずえ」


全ての種類のコーパスで「梢」が出てくるのは

現代日本語書き言葉均衡コーパスBCCWJは 242件(104,911,460件

  読みはすべて「こずえ」

日本語話し言葉コーパス CSJは 2件(7,576,046件中

日本語歴史コーパスCHJは 333件(19,011,165件中

  読みはすべて「こずえ」 10世紀以降にでてきます


この結果を一覧表にすると


この結果より

(1)「木末」を「こぬれ」と読むのは万葉集の時代だけ。

   中世・近世にかけて「木末」を「こずえ(ゑ)」という読みが出てきます。

   また10世紀以降「梢:こずえ」という漢字も使われ始めます

(2)現代日本語では「木末」の使用例は5例しかなく、

   すべて古文に拘る文中で「こぬれ」の読みしかない。

   「こずえ」と読むときは「梢」の漢字を使っている。


以上のことから、本題に戻って、

『蝦夷異事三』の中で中里三次文通に一例出てきた「木末」は「こずえ」と読むのが妥当だと思われる。


*古語辞典のすべてに「木末:こぬれ」が載っているのは万葉集で頻出している単語だから。

*国語辞典のすべてに「梢:こずえ」が載っているのは実際に多く使われているから。

2026年4月18日土曜日

2026年度(令和8年度)北海道古文書解読サークル、新5班

 北海道古文書解読サークルの総会と講演会

  日時:2026年4月18日 13時~16時

 場所:かでる2・7 1060号室

○ 講演 編集委員 菊池勝祀 さん

   「私と古文書解読」


○ 新5班 班長 庄崎さん

      高橋さん、増田さん、横山さん、桑原の5名

○ 役割分担



2026年4月17日金曜日

青森県立図書館の公共図書館を中心とした主なデジタルアーカイブへのリンク集

2026年4月17日 


青森県立図書館の公共図書館を中心とした主なデジタルアーカイブへのリンク集です。

https://www.plib.pref.aomori.lg.jp/digital-archive/link/


良くまとまっていて便利です。



2026年4月15日水曜日

「お」や「御」を付ける基準(Quoraの回答より)

 2026年4月15日

https://qr.ae/pFIhnI

国文法で丁寧語と呼ばれるものです。これらは宮中の女官言葉でした。それゆえにこれらに基準を求めるとなれば、1.古くからあるもの、2.身近なもの(当時)になります。食品に「お」や「ご(御)」をつける基準は、実は厳密なルールがあるわけではありません。・ 伝統的な「女房言葉」の名残りが最も大きな理由です。上品で優雅に話すための隠語のような言葉(女房言葉)が流行しました。

• もともとの言葉に「お」をつけたもの

• おでん(田楽)、おむすび(結び)

• 「お」をつけて下部を省略したもの

• おさつ(さつまいも)、おなす(なすび)

大根は古くから日本人の食卓に欠かせない重要な野菜だったため、「お大根」としてこの文化の中で定着しました。一方、はんぺんは江戸時代以降に広く普及した加工食品であるため、女房言葉の濾過器を通るには時宜を逃しました。

2. 音の響き(語呂の良さ)

日本語には、耳で聞いたときに「心地よい」「発音しやすい」と感じるリズムがあります。

• 和語(日本古来の言葉)には「お」がつきやすい

• お米、お肉、お魚、お野菜、お豆腐

• 漢語(中国から伝わった言葉)には「ご」がつきやすい

• ご飯、御膳

• 外来語には基本的につかない

• おトマト、おハンバーグ、おラーメンとは言いませんよね。

また、文字数が少なすぎる言葉(「お肉」「お酢」など)は、そのまま単音で呼ぶとぶっきらぼうに聞こえるため、「お」をつけて言葉の座りを良くする傾向があります。

3. 高級感・ありがたみ

その食品が貴重であったか、あるいは神事やハレの日の食事(行事食)に関係しているかどうかも影響します。

• 命の源である「お米」「ご飯

• お正月に欠かせない「お餅

これらは感謝や敬意を込めて「お」や「ご」が定着しました。

「はんぺん」や「ちくわ」などは、庶民の日常的なお惣菜・練り物として親しまれてきたため、あえて美化して呼ぶ必要性が薄かったと言えます。日常的に使う言葉なのに、言われてみると「確かに!」と膝を打つ疑問ですね。食品に「お」や「ご(御)」をつける基準は、実は厳密なルールがあるわけではありません。ですが、**歴史的な背景、言葉の響き、そして「その食品がかつてどう扱われていたか」**といういくつかの力学が働いています。

※意外かもしれませんが「おいしい」もこれらと同じです。「お=ていねい」+「いし=うまい」です。

2026年4月13日月曜日

『蝦夷異事』の内容と関係のある史料

 『蝦夷異事 1~4』は北海道立公文書館所蔵

 1冊に製本された原本と、マイクロフィルム化されたものがある。

 文政5年(1822年)村上茂用により筆写されたものと思われる。

1,『文化丁卯松前異事録 1~5国立公文書館デジタルアーカイブ

(1) 「1~4」は『蝦夷異事1~4』とほとんど同じ。但し『蝦夷異事』にある地図等の図はない。

(2)『蝦夷異事1』の最終頁にある3行が『文化丁卯松前異事録 1』にはない


  『蝦夷異事1』






  『文化丁卯松前異事録』






(3)『蝦夷異事』にはない『文化丁卯松前異事録5』がある。


2,『魯西亜船蝦夷地乱暴一件』 北海道立公文書館所蔵

 (1)『蝦夷異事一』とほとんど同じ。『文化丁卯松前異事録一』で欠けている地図や、最後の3行の文章もある。

(2)題簽は最初の文章の1行目から取られている。












2026年4月12日日曜日

よく使うWebサイト、参考になる本

 2026年4月12日作成開始 更新2026年4月16日 

よく使うWebサイト

1.北海道立公文書館資料検索

2.国立国会図書館デジタルコレクション

3.北海道大学北方史料データベース

4.函館市中央図書館デジタル資料館

5.秋田県/図書館・公文書館・文学資料館デジタルアーカイブ



参考になる本

1.『くずし字用例辞典』児玉幸多編 東京堂出版

2.『近世古文書用語辞典』佐藤孝之・天野清文編 吉川弘文館

3.『近世史を学ぶための古文書「候文」入門』 佐藤孝之監修 吉川弘文館





2026年4月9日木曜日

『蝦夷異事三』P46,7行目からP47の翻刻(試行)

 『蝦夷異事三』P46・P47の翻刻

翻刻と読みの練習をしてみます。間違いがあればご指摘ください。

人の名前の読み方は、確認が難しいのでです。


P46

                御構場所

                    (おかまいばしょ)

武蔵 相模 上野 下野 安房 上総

(むさし さがみ こうずけ しもつけ あわ かずさ)

下総 常陸 山城 摂津 和泉 肥後

(しもふさ ひたち やましろ せっつ いずみ ひご)

東海道筋 木曽路筋 甲斐 駿河

(とうかいどうすじ きそじすじ かい するが)

但出所両人共御当地

(ただし、しゅっしょりょうにんともごとうち)

右之場所不可徘徊もの也

(みぎのばしょ、はいかいすべからざるものなり)

同支配(松前奉行支配)

(どうしはい)

同心(ヱトロフ詰同心)

(どうしん)

羽生宗次郎

(はぶそうじろう)

小嶋勘蔵

(こじまかんすけ)

粕屋与市(粕屋与七の誤り)

(かすやよいち)

 

P47

此者共儀ゑとろふ島へ魯西亜人渡来之節

(このものどもぎ、えとろふじまへろしあじんとらいのせつ)

戸田又太夫関谷茂八郎供会所を明退候段

(とだまただゆう・せきやもはちろう、ともにかいしょをあけしりぞきそうろうだん)

不届之事候、依之江戸払申付候

(ふとどきのことにそうろう、これによりえどばらいもうしつけそうろう)

御構場所

(おかまいばしょ)

品川 千住 板橋 四ッ谷(大木戸より内) 本所

(しながわ せんじゅ いたばし よつや おおきどのうち ほんじょ)

深川

(ふかがわ)

但町奉行支配場所

(ただし、まちぶぎょうしはいばしょ)

羽生宗次郎ハ出所武州多摩郡川口村構之

(はぶそうじろうは、しゅっしょぶしゅうたまぐんかわぐちむら、これかまい)

小嶋勘蔵義ハ出所同郡野口村構之(こじまかんすけぎは、しゅっしょどうぐんのぐちむら、これかまい)

粕谷与七儀ハ出所同州入間郡菩提木村構之

(かすやよしちぎは、しゅっしょどうしゅういるまぐんぼだいきむら、これかまい)

右場所不可徘徊もの也

(みぎばしょ、はいかいすべからざるものなり)

2026年4月8日水曜日

『蝦夷異事』の出自について 1

 

北海道古文書解読サークルの2026年4月号に載る予定の原稿です。


『蝦夷異事』の出自について 1

1       『蝦夷異事』の出自について、20259月会報で庄崎様の「古文書学習の醍醐味」で考察され、10月会報で吉見様が「本テキストと田安家の関係について」で所蔵印から考察され、私も現在解読しているテキストがどのようにして書かれたのか大変気になりました。

触発されて色々調べ見ました。古文書の筆写本はほとんど、元資料が何で、誰がいつ筆写したのかはほとんど書かれていず、その出自を調べることはなかなか難しい問題です。

また、製本された冊子の題名も本文中に書かれていることは少なく、表紙に書かれた題簽で示されるばかりで、同じ内容でも題名が違う場合も多々あります。

そんな難しさの中、現在までのところで分かったことを書かせていただきます。

 

 比較する史料として以下の3点を使います。

 A:『蝦夷異事一』(道立文書館蔵:旧記1786))現在我々が使っているテキスト

北海道大学図書館にもあるが道立文書館の蔵書の電子複写なので、同じものと推察されます。

 B:『文化丁卯松前異事録一』(内閣文庫蔵、国立公文書館デジタルライブラリー)

北海道大学北方史料データベースに所蔵されているが内閣文庫の複写なので同じものと思われます。道立文書館は所蔵していません。Aと全く同じといってよいが、地図が含まれていず5巻まである。『通航一覧』ではこの資料を引用元に20か所ほど引用しています。

C:『魯西亜船蝦夷地乱暴一件全』(道立文書館蔵:旧記0089

A:『蝦夷異事一』とほとんど同じだが、細かい部分ではAよりBに非常に似通っています。この資料の存在でABの関係がだいぶはっきりしました。

 

 現在の段階の結論(推定)をまず最初に提示します。その根拠については後で詳しく説明します。

(1)  A:『蝦夷異事』は文政5年(1822年)村上茂用によって筆写された。

(2)  A:『蝦夷異事』とB:『文化丁卯松前異事録』は構成がほとんど同じなので、独立に作成されたものではない。しかしながら、細かい内容を検討すると、お互いを参照して作られたものではない。

(3)  C:『魯西亜船蝦夷地乱暴一件全』は細かく比較すると、B:『文化丁卯松前異事録一』と共通な資料を元に筆写されたと思われる。これから大元の共通な資料存在(未発見)を仮定します。

(4)  A:『蝦夷異事一』はBよりCに近い資料から、後で筆写されたと思われます。

 

(5)  簡単に模式図にすると

 

根拠は次回で述べます。

(続く)

2026年4月1日水曜日

『蝦夷異事三』P43~P44、会津藩への申渡しの解釈

 『蝦夷異事三』P43~P44、会津藩への申渡しの解釈

この部分で「現代語訳」の練習をしてみます。おかしなところはご指摘いただければ幸いです。

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老中松平伊豆守様のお宅で左の通りお命じになったこと

松平金之助家来 田中三郎兵衛

此度の蝦夷地守りの人数の事をお命じになったこと、右(松平金之助)の武家は

威光においては昔から格別の様子でしたが、

今年のエトロフ島の一件については、おおよその事は承っているように、不埒の一部始終で、

どうしようかという言う事については、

来年の成り行きによっては、威光を示さなければ見極められません。

この事については、お目こぼしで今回の役目をお命じになったところです。

この趣旨を深く承知して、すべてに命じるよう、領主へきちんと伝え、

取り計らう(「来」は「計」の誤写と解釈)よう致してください。

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松平伊豆守殿御宅ニ而左之通被仰渡候由

松平金之助家来

田中三郎兵衛

今般蝦夷地備人数之儀被 仰付右其方家之儀

武威におゐてハ従来格別之趣ニ而今年ゑとろふ一件

之儀租(*)承及も可有之不行届次第、如何之義事共

来年仕義而ハ武威を示し不申候而ハ難斗。就右

御目鏡を以、此度之 御用被 仰付候条 此旨厚

相心得万事申付候様、主人申達取(*)候様に可致候

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『文化丁卯松前異事録』の該当部分

「主人江申達取候様に」で、意味がとりやすい。

『蝦夷異事三』P42 「拝借 被 仰付」の解釈

 『蝦夷異事三』P42の同廿日(文化四年十二月)の部分で

「現代語訳」の練習してみます。おかしなところはご指摘いただければ幸いです。

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文化4年12月20日

金 七千両 南部 名代 松平摂津守

金 五千両 津軽 名代 新庄越前守

右は今年の夏、蝦夷地の島々に異国人が渡来した際に、

領地内を行き来する交通量が多く、出費が多くなることでしょう。

そのため拝借(*)をお命じなされた事を、白書院縁側で老中が列席して、老中松平伊豆守がそのことを申し渡しました。

*拝借 「②飢饉・災害などのさい米穀や金銭を領主から借りること。」『近世古文書用語辞典』

*「被 仰付」の「被」は尊敬の「被」

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同廿日

南部

名代

金七千両          松平摂津守

津軽

名代

金五千両          新庄越前守

右當夏蝦夷地島異国人渡来之儀付、

領分往来繁物入多可有之候、依之拝借

被 仰付候旨、於御白書院縁頬老中列座

伊豆守申渡之。