『蝦夷異事三』P48~P55の翻刻・読みの試案
『蝦夷異事三』P48からP55までの翻刻・読みの試案です。(5月7日追加訂正)
*5月5日、追加部修正しました。(庄崎様、増田様、ありがとうございます)黄色背景
間違いがありましたらご指摘いただければ幸いです。
P48・P49
P48 7班担当
同廿八日
(どうにじゅうはちにち)
御先手
(おさきて)
朝比奈弥太郎組同心
(あさひなやたろうぐみどうしん)
中村伊太夫
(なかむらいだゆう)
調役下役江
(しらべやくしたやくえ)
〃
(どう)
荒尾但馬守明キ組同心
(あらおたじまのかみあきぐみどうしん)
大嶋勝兵衛
(おおしまかつべえ)
勤之内並之通御足扶持外御役扶持三人扶持ツヽ
(つとめのうち、ならびのとおり、おたしぶち、ほかおやくぶち、さんにんぶちづつ)
*足扶持(たしぶち)「小禄の武士が高い役高の役職についたとき、在職中に限りその差額を支給すること」
*役扶持(やくぶち)「幕府で、ある役職についた者に支給された扶持米。一日に玄米五合、前月中によく月分が支給された。役替、罷免があると超過分は返納された。」(『近世古文書用語辞典』より)
*扶持(ふち)「②俸禄として給して家臣とすること。または、その俸禄・給与。一人扶持(いちにんぶち)は、一日米五合、1年で一石八斗程度。」(『近世古文書用語辞典』より)
*この一文の出所がわからない。『江戸幕府日記』『江戸幕府年録』に出てこないので、江戸城で申し渡されたものではないようだ。
誰が何処でこの二人に(松前奉行の)調役下役に任命したのか?
「中村伊太夫」は、『視聴草巻六の六P54』で辰7月にスツ・オタスツ・タライシなどの蝦夷地の報告をしている。また『千島白浪』に「中邑伊太夫」として、南部 サル に出てくる。
「大嶋勝兵衛」は『千島白浪』に津軽藩、マシケ としてでてくる。
P49 1班担当
一 蝦夷地続江土呂府島異国船渡来之節防キ固勤番
(ひとつ えぞちつづきえとろふじま、いこくせんとらいのせつ、ぶせぎかため、きんばん)
役仕候家来正月十五日出立
(やくつかまつりそうろうけらい、しょうがつじゅうごにち、しゅったつ)
イ第
(イだい)
右一手一備
(みぎひとてひとそなえ)
大番頭 日野英馬
(おおばんがしら) (ひのえいま)
*「日野英馬」の読み「国立国会図書館リサーチ「文化中エトロフ御備頭日野英馬等より手簡」の読みを参考にした」。『仙台人名大辞典』では「日野安聴(ヤストシ)、通称英馬」とある。
但侍百騎高弐百石ゟ弐千石迄弐百石高より
(ただし、さむらいひゃっきたかにひゃくこくより、にせんごくまで、にひゃくこくだかより
供人数上下弐拾人宛
(そなえにんずう、じょうげにじゅうにんずつ)
(とも)
* この文の人数の数え方がわからない。
但頭役 壱人
(ただし かしらやく ひとり)
組ヵ
(くみカ)
大目付 弐人
(おおめつけ) (ふたり)
P50・51
P50 1班担当
使番役 弐人
(つかいばんやく ふたり)
*「使番」①戦陣にあって、本陣と戦線との間を往復して命令を伝え、または指揮をとる役職。軍監ともいわれた。(『近世古文書用語辞典』)
武頭 六人
(ぶがしら ろくにん)
壱組鉄炮足軽三拾三人ツヽ鉄炮四匁筒より
(ひとくみ、てっぽう・あしがるさんじゅうさんにんづつ、てっぽうよんもんめつつより)
三拾目迄右六組人数弐百人玉薬小道具
(さんじゅうめまで、みぎろくくみにんずう、にひゃくにん、たまぐすり・こどうぐ)
持人壱人ツゝ人足弐百人
(もちびとひとりづつ、にんそくひゃくにん)
*「持人壱人ツヽ」の意味が分からない。
兵粮奉行 弐人
(ひょうろうぶぎょう ふたり)
金奉行兼役
(かねぶぎょうけんやく)
*「金奉行:かねぶぎょう」幕府の職名の一つ」。勘定奉行に属し、江戸城の金蔵に詰めて、その管理・警備・出納などを管掌した。大坂には大阪金奉行があった。(『近世古文書用語辞典』)
辞書の説明は幕府の役職ではあるが、この場合は仙台藩の役職で同じような仕事と思われる。(5月11日追加)
小荷駄奉行弐人
(こにだぶぎょう ふたり)
*「小荷駄」①馬につけて運搬する荷物。(『近世古文書用語辞典』)
兵具奉行 壱人
(へいぐぶぎょう ひとり)
軍師 壱人
(ぐんし ひとり)
本道医 壱人
(ほんどうい ひとり)
外料医 壱人
(げかい ひとり)
陣螺役 壱人
(じんほらやく ひとり)
陣太鼓 壱人
(じんだいこ ひとり)
陣鐘 壱人
(じんがね ひとり)
* 「陣鐘(じんがね)」:陣中で、軍勢の進退の合図に打ち鳴らした銅鑼(どら)や半鐘。(精選版 日本国語大辞典)
イ鉄炮玉薬役一人
(イてっぽう たまぐすりやくひとり)
兵粮小奉行五人
(ひょうろうこぶぎょう、ごにん)
小奉行 五人
(こぶぎょう ごにん)
小荷駄奉行五人
(こにだこぶぎょう ごにん)
兵船 三艘
(へいせん さんそう)
水主壱船ニ付三拾人つゝ
(かこいっせんにつき、さんじゅうにんづつ)
兵粮米 弐万石
(ひょうろうまい にまんごく)
但上白米三重包俵入
(ただし、じょうはくまいさんじゅうつつみたわらいり)
金子 弐万両
(きんす にまんりょう)
但壱分判ニ而
(ただし、いちぶばんにて)
P52 2班担当
銭 壱万五千貫
(ぜに いちまんごせんかん)
*「銭」金・銀以外の少額取引に用いる貨幣。単位は文(もん)『近世古文書用語辞典』)
味噌 五百樽
(みそ ごひゃくたる)
但廿貫目入
(ただし、にじっかんめいり)
塩 百俵
(しお ひゃっぴょう)
但弐斗五升入
(ただし、にとごしょういり)
大筒 弐挺
(おおづつ にちょう)
但五百貫より三百貫目
(ただし、ごひゃっかんよりさんびゃくかんめ)
イ五〆目 三〆目
(イごかんめ さんかんめ)
籏 拾七流
(はた じゅうしちりゅう)
内
(うち)
大昇籏 弐本
(おおのぼりはた にほん)
吹流 五本
(ふきながし ごほん)
四半 五本
(しはん ごほん)
*軍旗には、正方形の物と長方形の物で異なる名称がありました。縦横の比率が正方形に近い物を「四方」、長方形に近い物を「四半」と呼び、これらは主に馬標や纏(まとい:江戸時代に火消しが用いた旗印)に用いられていました。(刀剣ワールド)
破連 五本
(ばれん ごほん)
*「破連は「馬簾」が? 馬簾:
「五本馬簾の靡旗」
P53 3班担当
鉄楯 弐百挺
(てつたて にひゃくちょう)
焔硝 壱万五千〆目
(えんしょう いちまんごぜんかんめ)
鉛 壱万八千〆目
(なまり いちまんはっせんかんめ)
陣火縄 弐百貫目
(じんひなわ にひゃくかんめ)
武道具
(ぶどうぐ)
長持 弐拾棹
(ながもち にじっさお)
*「長持」衣類・調度品などを入れ保存しておく長方形の蓋のある箱。運搬用にも用いられた。(『近世古文書用語辞典』)
但四拾貫目八人持
(ただし、よんじっかんめ、はちにんもち)
乗馬 五拾疋
(じょうば ごじっぴき)
(のりうま)
*「乗馬」①駄馬に対し、乗るための馬。(『近世古文書用語辞典』)
小荷駄馬三拾疋
(こにだうま さんじっぴき)
鉄炮鍛冶 弐人
(てっぽうかじ ふたり)
イ廿人
(イにじゅうにん)
P54 3班担当
玉鋳 三人
(たまい さんにん)
右惣人数一千七百人余
(みぎ、そうにんずう、いっせんななひゃくにんよ)
右一手一備江土呂府島へ防固勤番正月十五日国許
(みぎ、いっていちそなえ、えとろふじまへふせぎがためきんばん、しょうがつじゅうごにち、くにもと)
城下出立仕候
(じょうか、しゅったつつかまつりそうろう)
蝦夷地久志浜江一手一備人数幷諸品右同断
(えぞちくしはまへひとてひとそなえにんずう、ならびにしょしな、みぎどうだん)
*(「久志浜」がどこの地名なのか分からない)
「クナシリ:(久奈志利)」の事ではないかと推定しています。仙台藩は、エトロフとクナシリと箱館の三ヶ所に出兵しています。この文の中でエトロフと箱館は出てきますが、クナシリが出ていません。クナシリの漢字表記の一部が一致します(5月3日追記)
番頭 石貫但馬
(ばんがしら いしぬきたじま)
*(「岩貫但馬」はだれ?)
色々調べても(仙台人名大辞典その他など)。この文章は出兵前の幕府への計画の文書ですが、石貫但馬は実際には出兵していないような気がします。クナシリには実際は、高野雅楽が出兵しています。箱館には柴多兵庫が備頭として出兵しています。
松前江一手一備人数幷諸品右同断
(まつまえへ、ひとてひとそなえにんずう、ならびにしょしな、みぎどうだん)
番頭 高野隼人 *(高野隼人はだれ?)
(ばんがしら たかのはやと)
高野隼人のことは分かりませんが、「高野雅楽」という人物が、エトロフに備頭で出兵しています。この人物でないかと推測します。但し出兵地はクナシリです(5月3日追記)
右三手三備惣人数四千八百人余
(みぎさんてさんそなえ、そうにんずう、よんせんはっぴゃくにんあまり)
右二手二備者二月上旬出立仕候
(みぎふたてふたそなえは、にがつじょうじゅん、しゅったつつかまつりそうろう)
P55 4班担当
右之通御届申上候委細之儀者追々可申上候以上
(みぎのとおり、おとどけもうしあげそうろう。いさいのぎは、おいおいもうしあぐべくそうろう。いじょう。)
辰正月 *文化5年(1808年正月)
(たつしょうがつ)
中村日向 *仙台藩奉行
(なかむらひゅうが)
片倉小十郎 *(片倉小十郎はだれ?)
(かたくらこじゅうろう)
片倉小十郎は寛政9年から仙台藩の奉行です(5月3日追記)
石田豊前 *(石田豊前はだれ?)
(いしだぶぜん)
石田豊前は文化6年の大武鑑によると仙台藩の奉行です。
右之通申来候間御届申上候
(みぎのとおり、もうしきたりそうろうあいだ、おとどけもうしあげそうろう。)
正月 松平政千代
(しょうがつ) (まつだいらまさちよ)
*「松平政千代」:仙台藩9代藩主。1歳足らずで藩主を相続し、当時12歳。藩政は奉行の中村日向などが補佐していた。

0 件のコメント:
コメントを投稿
登録 コメントの投稿 [Atom]
<< ホーム