接頭辞「御」の読みは「お」「ご」「おん」のどれか?
「御」をどう読むかは、以前例会で
「御」をどう読むかは、以前例会で
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2026年5月以降の学習内容の担当班 |
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『蝦夷異事三』P47から |
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テキスト頁 |
担当班 |
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P47~48 |
7班 |
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P49~50 |
1班 |
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P51~52 |
2班 |
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P53~54 |
3班 |
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P55~57 |
4班 |
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P58~59 |
5班 |
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P60~62 |
6班 |
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P63~64 |
7班 |
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P65~P67 |
1班 |
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P68~69 |
2班 |
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P70~72 |
3班 |
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P73~74 |
4斑 |
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P75~76 |
5班 |
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P77~78 |
6班 |
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P79~80 |
7班 |
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P81~83 |
1班 |
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P84~85 |
2班 |
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P87~88 |
3班 |
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P89~90 |
4斑 |
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P91~92 |
5班 |
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P93~94 |
6班 |
巻三最後 |
『蝦夷異事三』P57~P66の翻刻と読みの試案
間違いがありましたがご指摘いただければ幸いです。
庄崎様よりのご指摘、訂正しました(5月11日)薄緑背景
*茶背景は原文
*黄色の背景は自信のないところ
*赤背景は分からないところ
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『蝦夷異事三』P48からP55までの翻刻・読みの試案です。(5月7日追加訂正)
*5月5日、追加部修正しました。(庄崎様、増田様、ありがとうございます)黄色背景
間違いがありましたらご指摘いただければ幸いです。
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2026年4月30日
翻刻・読みの練習です。誤りがあればコメントでご指摘いただければ幸いです。
P48・P49
P48 7班担当
同廿八日
(どうにじゅうはちにち)
御先手
(おさきて)
朝比奈弥太郎組同心
(あさひなやたろうぐみどうしん)
中村伊太夫
(なかむらいだゆう)
調役下役江
(ちょうさやくしたやくえ)
荒尾但馬守明キ組同心
(あらおたじまのかみあきぐみどうしん)
大嶋勝兵衛
(おおしまかつべえ)
勤之内置之通御足扶持外御役扶持三人扶持ツヽ
(つとめのうち、これをおくとおり、おたしぶち、ほかおやくぶち、さんにぶちづつ)
*足扶持(たしぶち)「小禄の武士が高い役高の役職についたとき、在職中に限りその差額を支給すること」
*役扶持(やくぶち)「幕府で、ある役職についた者に支給された扶持米。一日に玄米五合、前月中によく月分が支給された。役替、罷免があると超過分は返納された。」(『近世古文書用語辞典』より)
P49 1班担当
一 蝦夷地続江土呂府島異国船渡来之節防キ固勤番
(ひとつ えぞちつづきえとろふじ、まいこくせんとらいのせつ、ぶせぎかため、きんばん)
役仕候家来正月十五日出立
(やくつかまつりそうろうけらい、しょうがつじゅうごにち、しゅったつ)
イ第
(イだい)
右一手一備
(みぎひとてひとそなえ)
大番頭 日野英馬
(おおばんがしら) (ひのえいま)
*日野英馬の読み「国立国会図書館リサーチ「文化中エトロフ御備頭日野英馬等より手簡」の読みを参考にした」
但侍百騎高弐百石ゟ弐千石迄弐百石高より
(ただし、さむらいひゃっきたかにひゃくこくより、にせんごくまで、にひゃくこくだかより
供人数上下弐拾人宛
(そなえにんずう、じょうげにじゅうにんずつ)
但頭役 壱人
(ただし かしらやく ひとり)
組ヵ
(くみカ)
大目付 弐人
(おおめつけ) (ふたり)
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この家臣団一覧表は以下の資料をもとに松前藩士を苗字別にまとめ、あいうえお順に並べ替え、作成したものです。ただし一部武士ではなく町人ではないかと思われるものもふくまれていますので、もしお気付きの点がありましたらお知らせ下さい。
【参考資料】
(1)寛政十年家中及扶持人列席調(寛政10年<1798>)
~家臣団の列席状況を記したものとしては最古のもので、これによると家中は諸士229名、足軽96名、それに地侍役付者24名を加え家臣の総数は349名である。
なお御内証御礼とは家格によって藩主に直接面談を許される同族・一門で、御内礼列とは家老以下役職によって直接藩主に謁見することを許されているものである。
(2)於松前家中申渡ス(文化4年<1807>)
~幕府の移封命令により奥州梁川に移ることになった松前家は、文化5年(1808)家臣約350名のうち士分66名、医師4名、部屋住16名、足軽分70名、計156名に永の暇を与えましたが、これはその際の記録です。
(3)文化四年松前藩家臣名簿(「近藤家文書」)
~これは近藤家文書『文化四年丁卯八年、惣扶持并家数調扣帳、御用之間江御目付中差出候扣』をもとに、席・職別に家臣名を記したものです。
(4)御扶持家列席帳・御役人諸向勤姓名帳(嘉永2年<1849>)
~これは松前藩家中の扶持状況を記した数少ない史料の一つで、「御扶持家列席帳」には631名の士席登載者があり、新規採用者の名も多い。「御役人諸向勤姓名帳」は士分の者の役付表です。
※ (1)、(2)、(4)は『松前町史 資料編 第一巻』に、(3)は『松前町史 通説編 第一巻下』に所載のものです。